家庭菜園をやっていると、野菜と同じくらい向き合うことになるのが雑草だ。
一年を通じて雑草との戦いは続くが、特にしんどいのは春から秋にかけての時期だ。暖かくなる春頃から雑草が増え始め、梅雨前に一度刈り取らないと野菜が育たなくなる。梅雨に入ってからは雨と暖かさで雑草がどんどん勢いを増す。夏の間も格闘が続き、秋の終わりになってようやく少し落ち着く。それまで休む間はない。
油断すると野菜が草に隠れてしまう
春から草刈りをして、梅雨に入ってまた刈って、夏の間も刈り続ける。雑草は刈っても刈っても生えてくる。根を張った草は引き抜こうとしても力がいる。暑い中でやる夏の草刈りは体への負担も大きい。それでも負けないように根気よく続けている。
油断すると大変なことになる。
少し畑から離れる日が続いただけで、気づいたら雑草がぼうぼうになっている。一週間放置しただけで、野菜が雑草に覆われてしまうこともある。特に梅雨の時期は、雨が続いて畑に出られない間に草がすごい勢いで伸びる。「先週は大丈夫だったのに」と思っても、次に行ったらすっかり変わっている。
サラダ菜とニラとモロヘイヤを雑草と間違えて抜いてしまった
そして、やってしまった失敗がある。
サラダ菜、ニラ、モロヘイヤを雑草と間違えて抜いてしまったことがある。
どれも背が低くて、育ちかけの時期は雑草に見えてしまう。特にニラは細い葉で、似たような草が周りに生えているとどっちがどっちかわからなくなる。「これは草だろう」と思って引き抜いたら、後になって植えたニラだったと気づく。
サラダ菜も同じだった。他の草に紛れていると見分けがつかない。背が低くて葉の形が似ていると、どれが野菜でどれが雑草か判断が難しい。モロヘイヤも同様で、まだ小さいうちは草にしか見えない。
自分で植えた野菜を自分で抜いてしまう。なんとも言えない気持ちだった。「あれ、こんなところに植えたっけ」と思ったときにはもう遅い。
それ以来、どこに何を植えたかを覚えておくことと、葉の形をよく見てから抜くことを心がけるようにした。慣れてくると見分けがつくようになってきたが、それでも迷うことはある。
特に春の初めは難しい。芽が出たばかりの時期はどれも小さくて、形が似ている。毎年同じように間違えそうになる。「去年もここで間違えた」と思いながら、今年もよく見て確かめながら草を引く。それでもやっぱりやってしまうことがある。
それからは、野菜を植えた場所に小さな棒を立てて目印にするようにした。見た目は地味だが、間違えて抜くよりずっといい。せっかく育てた野菜を草と勘違いして捨てるのは、本当にもったいないと何度も思った。
刈った雑草は堆肥に使う
刈り取った雑草の使い道は、YouTubeで知った堆肥作りに使っている。
ぬかと納豆水と雑草を混ぜて発酵させると堆肥になる。草刈りで出た大量の雑草を捨てずに使えるのがいい。捨てれば邪魔なだけの雑草が、土を育てる材料になる。最初は「本当にそれで堆肥になるのか」と半信半疑だったが、実際にやってみると形になった。いい土づくりができているかどうかはわからないが、少なくとも雑草を無駄にしないですんでいる。
堆肥作りを始めて今年で2年目になる。最初の年はうまく発酵せず、ただの草の塊になってしまった。水分と混ぜる頻度が足りなかったようだ。2年目は少し工夫して、黒っぽい土のような状態に近いものができた。野菜に使えるほどの量があるかどうかはまだわからないが、少しずつコツがわかってきた気がする。
草刈りは大変だけど、刈った草が堆肥になると思うと少し気持ちが楽になる。ただ捨てるより、何かに変わると思う方が、続ける気になれる。
雑草との付き合い方
雑草との戦いは終わらない。春になれば始まり、秋が終わるまで続く。毎年同じことの繰り返しだが、慣れてきたのか体が覚えてきたのか、昔ほど気がめいることはなくなってきた。
雑草を全部なくすことはできない。だから今は「根絶する」という考え方はやめた。「野菜のじゃまにならない程度に管理する」に切り替えてから、気持ちが少し楽になった。全部きれいにしなくていい、と思うだけで、草刈りへの向き合い方が変わった。
負けないように根気よくやっていれば、野菜は育つ。雑草に覆われても、また刈れば畑は戻る。それを繰り返しながら、今年も家庭菜園を続けている。
雑草と向き合う時間も、今では畑仕事の一部だと感じている。刈りながら野菜の様子を確認する。土の状態を見る。季節の変化を感じる。草刈りをただの作業と思わずに、畑全体を見回す時間だと捉えるようになってから、少し気持ちが変わった。雑草がなくならない分、畑に向き合う時間が増えたとも言える。今年も春が来たら草刈りが始まる。それでも、畑に出ることが毎年楽しみになっている。雑草と野菜、どちらとも向き合いながら、今年も三重の桑名の裏庭の畑を続けていく。


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